-->

2011年4月19日火曜日

情報の非対称性と不確実性


情報の非対称性が起因した確かめようも無い情報を元に物事を推し量る事が常態化している。
結果として誤拡散など問題が乱発する。

ドイツ気象局による放射性物質の拡散濃度予測というのを目にした。
気になったのは‘ある一定量の’放射性物質が放出されたと仮定したものという注釈がある。
‘ある一定量’ってどれほどの数値なのか?
それは事実と照らし合わせた時にどれくらい乖離するもんなのか?
でも見出しと画像でみるインパクトが強烈で先入観を植え付ける。
で、さらにその誤った認識の情報は拡散されるようだわ。

この予報に難癖付けてるわけではなく情報の非対称性ゆえに受け手は一方的にそうなんだと理解せざる得ないことが沢山あるなと。
仮に間違いだったとしてもその時点では権威の元から出ている情報は無条件に受け入れざる得ないもんだなと。
何ミリシーベルト放出されてます。→さっきの情報は間違いでした、~シーベルトでした、と。

その反対のスタンスでは反体制的、半権威的な猜疑心からくるいわゆる陰謀論的な類推をする人たちも多数。

生で感じるリアルな情報以外は確かなものは何一つないかもだなと。
思ってみたりするんですよ。

2 件のコメント:

  1. 昔からですが邪推がひどく進んでしまい素直に受け取る言葉の魔法を見落としがちにはなってしまいイカンイカンですが。
    ↑は行き着くところは内なるジレンマの話でして体よく?時流の話になってるだけとも。
    差別・逆差別やら原発容認派・反対派やら...
    リビアの出来事は体制派と反体制派との衝突という事実ですが反体制派が行動を起こした要因を行動を起こし始めた時は聖なる光だったとしても行動を進めるうちに反体制行動を起こした要因を内にも見つけ出すようなパラドックスに落ち込んで行ってしまいそうだわ~っと思うんですよ。

    被差別者が差別者を糾弾する事で自身も差別者に陥るパラドックスですね。猫が自分の尻尾を追いかけてクルクル回ってる様な構図。

    こんな感じで脳みそがグルグル旋回している春ウララです。

    返信削除
  2. 情報のポジショントークな部分。

    それぞれの情報の出し手はそれぞれの立場として見解を示して情報を発信してますよね。

    こないだね風力発電の話をしててある人が私のね‘風力発電も鳥害やら色々と問題が...’って発言にね`...え?’ってなったわけですよ。

    その理由は恐らくね私としてはね風力発電側として発電機が稼動していて鳥が沢山風車に飛び込んで其の度に故障の原因になるって事で発電効率として難しいやらの観点で話していたんですがねその方は恐らく‘鳥目線’というのは茶化した言い方ですが所謂時流の目線で環境推進?と言いましょうか強制社会的と言いましょうか様は鳥さんは何も悪いことして無いのに人間が自分達の我欲の為に必要なエネルギー施設の為に被害にあったのに‘鳥害’なんて表現はひどいですね!...

    といった流だったんですが少なからず私は私の本意では無かったにせよその方に蔑視の眼差しを向けられた気分でどうしようもなく非道で下劣な人間なのかなと思わせるような素振りでしたがその方の清らかな心がなぜ他方の価値観の人間には夜叉のごとく襲い掛からんばかりなのかが不思議に思えてしまったわいな。

    返信削除